最近ときどき日本の方から米国のスマートグリッドについて聞かれることがあります。先日関西電力の河田氏(部長、グループ経営推進本部、ITソリューションサービスグループ)と小橋氏(グループ経営推進本部、ITソリューションサービスグループ)にお目にかかる機会があり、日米のスマートグリッドについて意見交換しました。お二人に関心のあった話題を中心に以下まとめました。
左から小橋氏、岸本、河田氏(クリックで拡大)
米国におけるスマートグリッドの位置づけ、電力会社のねらいについて
米国のスマートグリッドは、インフラの老朽化、電力不足、クリーン エネルギーの取り込みなどがモチベーションです。年間の停電時間が日本では3分なのに対してカリフォルニアでは120分、ニューヨーク エリアでは210分と比較にならない程劣悪な状態で、停電による経済損失は15兆円規模と推定されています。長年にわたり電力戦略をないがしろにして発電所や送電設備を十分に建設してこなかったことが電力不足の大きな原因です。変電所や配電網で使用される機器の耐用年数は40年程度ですが、平均使用年数は約42年で、もう限界という現実があります。スマートグリッド化では、その費用を政府補助や電気代への上乗せにより賄い、電力会社は大きな負担無しに電力網を近代化させることができます(スマートメータ1個当たりの設置費用約2万2千円は電気代に上乗せされる)。また自動検針により各消費者の電力消費量を実時間で捉えられるようになるため、消費者の電力消費パターンの誘導や必要に応じた消費抑制といった方法で、コストの高い発電システムの稼動を抑えることができます。
関電ではインフラの整備は万全で電力不足は無いとのこと。これは東電と同じです。となると、日本のスマートグリッドは何のためにやるのかという疑問が生じます。東電や関電では、ソーラー パネルからの電力をスムーズに配電網に取り入れることと電気自動車のサポート等を計画されておられます。関電はそれに加え、自動検針と電力供給の自動オン・オフも考えておられます。
米国ではスマートグリッドやスマートメータをどう見ているのか
スマートグリッドやスマートメータを知っている人はせいぜい国民の10%程度だと市場調査会社は言っています。電力会社や連邦・州政府の広報不足のため、消費者にとってはある日突然電力会社の作業員が現れてメータを交換して行く、という状況です。60~120日経つと、時間ごと消費電力の情報を見ることができます。しかし、GUIは非常に簡単なもので、単に棒グラフと線グラフで電気使用量とそれによって発生した電気代が示される程度なので、IT技術者には物足りません。筆者のようにこの分野に関心があれば興味を持って消費データを見るでしょうが、それでもまず3日と続きません。何と言っても電気はあって当たり前、電気代の詳細を見る人は稀です。
スマートメータが一般消費者の注目を集めたのは電気代の高騰です。PG&Eがサービスを提供するカリフォルニア州中部地域で、昨年の夏、スマートメータ導入後電気代が2~3倍になった消費者が続出。PG&Eは異常高温によるエアコンの使用増加とメータ交換直前の料金値上げによるものと説明しました。しかし消費者は納得せず、監督官庁へ訴えたり、訴訟を起こしたり、という騒動になりました。その結果、PG&Eはスマートメータ プロジェクトの詳細を発表せざるを得なくなり、また第三者のコンサルタントがメータの正確性などをテストしました。最終的にはPG&Eの言い分が認められましたが、いかにPG&Eとカリフォルニア州政府による広報活動が不足していたか分かります。
日本でスマートメータを導入するのならば、やはりその目的をはっきりさせるべきでしょう。米国でもそのメリットはいろいろと議論されますが、もうひとつしっくりきません。電力会社主導による電力会社のためのスマートグリッド、という感じがするせいでしょうか。ある実験によれば、スマートメータとダイナミック プライシングにより家庭の電気使用量が減り、電気代が10%程度削減できたとのことです。またスマートメータの導入により、国として電力を確保できる、ということもあるでしょう。しかし消費者は普通、電気、ガス、水道代などの細かいことにはあまり興味がありません。しかも電力が余っている日本の場合、消費者のメリットがどの程度あるのか疑問です。
標準や技術
商務省内の国立標準研究所(NIST)がスマートグリッドに使用される技術の標準を定める役割を与えられています。スマートグリッドには電力、通信、ITの技術が駆使されるため、幅広い分野の技術が対象となります。NISTは22の分科会からなるスマートグリッド整合パネル(SGIP)を作って、それぞれの分野での議論を重ねて標準を設定しています。筆者もそのうちの研究・開発の分野に参加しています。SGIPはオープンで、海外からの参加も自由です。現在は標準を一軍と二軍の技術に分けています。一軍の技術はNISTのお墨付きでスマートグリッドの標準と認められたもの、二軍はまだ精査が必要なものです。もちろん、二軍に上がらないと一軍には入れません。例えば、通信のプロトコルではIPだけが一軍で、WiFi、ZigBee、WiMaxは二軍です。ちなみに、メータの大部分にはZigBeeチップが搭載されており、実際にはZigBeeが市場を制覇したと言ってもよいでしょう。余談ですが、最近SprintがWiMax専門のClearwireから人を引き上げたことで、どうやら米国ではWiMaxはお終いのようです。
日本もこの動きに参加しているようです。しかしこれは米国主導のプロジェクトなので、日本の主張が通るのは実際なかなか難しいかもしれません。こちらには、日本が自分たちの標準を押し付けようとしていると言う人もいます。
電気自動車に関して
時々日本に行った折に報道を見ると、電気自動車で日本回復を図っているような印象を受けます。米国でも電気自動車に対する関心は高く、例えばバークレーでは結構電気自動車が走っています。しかし、全体的に電力が足りない上に、1回の充電で一般家庭が1日に使うのと同じくらいの電力(20kWh)を消費するということで、皆が一斉に充電する夜に新たなピークが生じるのではないかと危惧されています。更に1回の充電で走行できる距離が100~110kmということで、一般に移動距離の長い米国西部では、現在のままでは少しきついかと思います。これがボストンとかマンハッタンの中だけとかいうのであれば、ありでしょう。
日本の場合、都市部に住む限りそれほど自動車を必要とはしませんが、郊外ではそうでないようです。いずれにしろ、関電と東電の方たちが言うように、電力不足が無く、走行距離も一般的に短いわけですから、電気自動車の導入は問題ないでしょう。
米国のスマートグリッドから学べることは
インフラがしっかりしており電力不足のない日本にとっては、一見学ぶところが無いかのように見えます。米国のスマートグリッドは、元々電力不足に陥った現状を打開し、かつ今後増加するであろう電力需要を、温室効果ガスを削減しながらサポートするという大前提があります。つまり米国は、国家のエネルギー戦略の一環としてスマートグリッドの導入を図っているのです。日本は戦略の結果であるスマートグリッドを見るだけではなく、国家として今後のエネルギー源の確保と温室効果ガス削減という問題をどう解決するのか、しっかり見据えてエネルギー戦略を構築すべきです。スマートグリッドは戦術であり戦略ではありません。戦略が決まらないのに戦術だけを真似してみてもどうにもなりません。筆者はオイルショックを知っている年代です。外国に頼るエネルギー政策からの脱却を図らないと、必ずどこかの段階で国家として存続の危機を迎えると思います。米国のぼろぼろのインフラを笑っていないで、今こそエネルギー戦略を。米国は恥を忍んでぼろぼろのインフラを認めたわけですから。